松本人志はすべらない話にかぎかっこを付けている

Posted at 08/02/22

さんま「あれが面白いんだ~!?」 「松本のすべらない話」を痛烈批評

松本がこの番組でやっているのは、芸人が普段しゃべっているおもしろい話に「かぎかっこ」を付ける作業なのだと思います。つまり、これからおもしろい話をしますよ、ここからここまでがおもしろい話なんですよ、と声高に宣言する。そのことによって、話をする芸人も耳を傾ける視聴者も緊張を強いられることになる。その緊張感を楽しむ、というのがこの番組の仕掛けです。

貴族の邸宅のようなセット、カメラマン含む全員がタキシードの正装、語り手を決めるサイコロ。それらすべてが、笑いという目的地に着地するまでの緊張感を高める仕掛けとして機能しているのです。

そして、最大の仕掛けは、ホストである松本人志の存在そのものです。20~30代のプロの芸人にとって、松本人志の目の前で持ちネタを披露しなくてはならないという状況そのものが、強い緊張感を生むことにつながっているのです。

明石家さんまの批判を私なりに言い換えれば、「松本は芸人のおもしろい話にかぎかっこを付けているだけで、実質的には何もやっていないやないか」ということだと思います。そしてこれは、お笑い界の内部の視点から見れば、100%正しい。ここまでに書いたことはすべて、番組を盛り上げるための演出論のレベルの話であり、お笑い芸そのものとは実はあまり関係がないからです。

つまり、明石家さんまはこの批判で「すべらない話とわざわざ銘打ってすべらない話をするなんて、そんな俗っぽい仕掛けは必要ない!」と言っているのではないでしょうか。

だとすると、これをさんまが松本に向かって主張している、という状況そのものが私には奇妙に感じられます。どちらかというと明石家さんまこそが、俗っぽい一般視聴者をいかにお笑い芸に巻き込むか、ということを芸人人生をかけて追求しているようなタイプの芸人に見えるからです。

私が松本の立場なら、さんまの批判に対してはこう返すでしょう。

「たしかに僕はこの番組で、後輩芸人の話にかぎかっこを付ける作業をしているだけです。でも、この作業をやってもやらなくても、どちらにせよ芸人はいつもおもしろい話をしなくてはいけないのです。だったら、僕がかぎかっこを付けたって、別にいいでしょう?」

私は個人的には、『人志松本のすべらない話』という番組は嫌いではありませんが、それほど格別に好きというわけでもありません。なぜなら、芸人はいつもおもしろい話をするのが当たり前で、芸人がおもしろい話をするのはこの番組だけではないからです。

b.gif←すべらんなー

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